ワトソンとスタイツが語る、未来の生命科学 に行ってみた

yanci2008-10-22

東大安田講堂で行われた講演会
『ワトソンとスタイツが語る、未来の生命科学 DNA→RNA→?』
に行ってきたレポ。

記録したけどアウトプットする場が無かったので、ブログを立ち上げてみた・・・継続するかどうかは不明。


ワトソン(James D. Watson)とは、生物の教科書に必ず出てくるDNAの二重らせん構造を解明した研究者。
1962年にノーベル医学・生理学賞を受賞。

そしてスタイツ(Joan A. Steitz)はあまり一般には有名ではないけれど、「働くRNA」を発見し、生命科学界に衝撃を与えた女性研究者。


講演は スタイツ→ワトソン→ディスカッション の順番。
スタイツの内容は・・・専門的な内容だったので、割愛。
電子顕微鏡でDNA、RNA、Spliceosomeが撮像できるんだ、ってのには驚いたけど、残念ながら寝てる人も多数。
あとSpliceosomeの活性中心にtRNAが入る?とかよく分からん。

さてワトソン。講演タイトルは
「Science in Ten Ways over 60 Years」
60年間の研究生活で得た、科学の道に身を置く際に意識すべきこと。
彼のキャリアに沿って、エピソードを交えながら箇条書きで語られた。
長いけど全て掲載してみる。

Science in Ten Ways over 60 Years

1. Learning how to do science at Indiana University

a. Choose a young thesis advisor
 最初のボスは35歳。そこでウイルスの研究を始めた。
b. Have an objective that makes you feel unique
 自分でユニークだと感じられない目標ではexciteできない。
c. Work on Sundays
 日曜には研究したくない、なんていう人は研究者に合ってない。
 毎週日曜にも研究しろ、って意味ではなく。
d. Sit in a front row and interrupt speakers when you can’t follow their argument
 前列に座って、講演がつまらなかったら止めちまえ
e. Keep your curiosity broader than your thesis topic
 専門バカになってると、論文書いた後に何をすればいいか分からなくなる。好奇心は広く。
f. Leave a research field before it bores yo
 飽きる前に移動しよう。
 Indiana Universityでバクテリアウイルスを用いた研究
  →ケンブリッジに移ってDNAの研究をすることを決意。

2. Finding the Double Helix with Francis Crick at Cambridge University

a. Choose an objective ahead of its time
 当時の最前線はDNAだった。今はなんだろう。
b. Have a potential way to succeed in no more than three years
 常に翌日には答えが見つかると思いながら研究をしていた。
 ゴールが見えていない研究はしない。
  #最近人気の『圧倒的に生産性の高い人(サイエンティスト)の研究スタイル』id:kaz_ataka:20081018:1224287687に通じるものを感じた。
c. Work with an equally motivated, intelligent co-worker
d. Stay in close contact with your competitors
 Rosalind Franklinは社交的でなかった、とか・・・
e. Be surrounded by smart people

3. Working with graduate students at Harvard university to learn how proteins are made on ribosomes

a. Give your students exciting thesis topics
b. Hold group gatherings on exciting science done elsewhere
 ゼミは大事だよ、と・・・
c. Use first names. Treat everyone equally.
 教授であっても大学院生に敬意を持って接するべし
d. See that your co-workers get the main credit for their discoveries
 学生がやった仕事に自分(教授)の名前を載せない。
 具体例にひとつの論文を出していた。AuthorsにWatsonの名はなく、Acknowledgementの中に。
  #でもAuthorsの少し下に"Communicated by J. D. Watson"みたいなことが書いてあった・・・
e. Encourage long vacations away from experiments
 がんばりすぎる学生は、1ヶ月くらいどこかへ行った方がいい、だってさ。

4. Transforming my Harvard lectures to undergraduates into The Molecular Biology of the Gene

a. The first part of a book should equalize its readers’ backgrounds
 遺伝子のことを書くならメンデルから書くべきだ
b. Place ideas ahead of the facts that back them up
 事実をまとめた概念を先頭に書く。その後で事実を並べる。
c. Don’t cite facts that seemingly contradict your ideas
 例外的な事実までは書かない。情報量が多すぎると理解の妨げになる。
d. Stay away from names except for historical figures
 ダーウィンなどの歴史的人物以外は名前を出さない、
e. Make clear what should next be known

本を書くことで科学を続けることができる。本を書くことで学べることがある。

5. Creating a non-fiction novel about how science and personalities came together to reveal The Double Helix

a. Be the first to tell a good story that involves you
 自分が本になるならば、まず自分で書くべき。
b. Tell it as it happened – do not worry about hurting the feelings of others
c. Avoid justifications of your past actions or motivations
 自分を正当化せず、説明せず、ありのまま起きたことを書く。
d. Exaggerate strong features through avoiding imprecise modifiers
 多少おおげさに表現。Crickの性格とか。
e. Use snappy sentences
 簡潔な文章を。特に章の最初と最後の文。
 具体例: I was twenty-five and too old to be unusual. これがある章の〆になってる。

6. Preserving the essence of Cold Spring Harbor Laboratory through making it a powerhouse for cancer research

a. Accept leadership challenges before your academic career peaks
 マネジメントに携わるなら、キャリアの途中からやるべきだ。
 ピークを過ぎて最先端が分からなくなってからでは、遅い。
b. Run a benevolent dictatorship
 慈悲深い独裁者になるべし。何かを決めるのは自分。会議ではない。
c. Only ask for advice that you will accept
 他人の言うことは古い。だから聞かない。
 ただし優秀なポスドクがいる、という情報なら受け入れた。
d. Manage your scientists like a baseball team
 ケンカをしたらクビにしろ!それくらいの心づもりでマネジメントをすべし。
 自分の研究所の卒業生80%は成功している。
e. Promote key personnel faster than they expect
f. Schedule as few appointment or meetings as possible
 会議は時間がかかるだけ。できるだけしない方がいい。
g. Walk the grounds
 悪いニュースは飛び込んでこない。自分で取りに行かなければ。

成功したければ組織の拡大が必要。組織を維持するために建物も大きくしていく。
他の人に意志決定をしてもらえるならば、その方がいい。
自分が好きなようにできる、と感じられるようにするんだ。

7. Getting the Human Genome Project started

a. Only move forward if lots of very bright people are on board
b. Don’t try to change the minds of those opposed
c. Choose chairpersons with no vested interests
 委員会の中で分裂したら意味がない。計画の賛成者だけ、個人的な利害が無い人だけ。
d. Don’t let bureaucrats, as opposed to scientists, have control of the money
e. At the start, decentralize as much as possible, triage non-performers
 最初から分散化する。大きな単一組織は予算不足で失敗しやすい。
 選ぶにあたっては、自分には知識がなかったので優秀な人に意志決定をしてもらった。
f. Keep politicians and the press on your side

8. Broadening CSHL through educational innovations

a. Super students are self inspired!
 CSHLを研究所のままにするか、大学にするか迷ったけど、大学にしたことで優秀な学生が集まった。
b. Big jumps come by using new technologies more than from new ideas
 科学はアイデアよりも技術で進む
c. The Internet will never replace books
 その情報が正しいかどうかを判断する人の価値が無くなることはない。
d. Knowledge of the past speeds you up
 いずれCSHLにも科学史のDepartmentを作るらしい。
e. Science by itself is incomplete

9. Following Judar Folkman to make cancer a preventable disease

a. Stopping blood vessels from supplying oxygen to tumors may lead to more cures than killing the cancer cells themselves
b. Most heavy smokers do not die of lung cancer – less cancer in adult victims of Downs Syndrome?
c. Naturally occurring anti-angiogenic proteins exist (e.g. Endostatin and Thrombospondin). Their use should prevent life threatening cancers from arising
 現在薬剤になっているのはひとつだけ。
 Angiostatin(中国のみで認可、他の国は疑っているがマウスでは証拠あり)*1

10. Using High through-put, low cost Genomics to understand psychiatric diseases

a. Private donors are often essential for big projects
b. Don’t lowball your eventual costs
c. Genetic variation leads to losers as well as winners
d. Denying the awfulness of genetic injustice does not help its victims

パネルディスカッション

パネルは右手にWatson、Steitz、志村令郎。左手に立花隆、坂野仁
いくつか抜粋のみで。

Q. ノーベル賞をとるにはどんな研究がいい?
Watson: Curiosity driven study

Q. 人類はがんをコントロールできるようになるか?どれくらいかかる?
Watson:
10年以内にがんのしくみを理解でき、25年くらいで80%程度は制圧できるようになるだろう。かなりの資金が必要だが、ポテンシャルはある。本質的に治癒できないものではない。
Steitz:
一部のがんについては阻害剤や分子標的剤を用いてコントロールできることが分かってきた。ペプチドを使うとパワフルコントロールができると聞いた*2

Q.研究は好奇心のみで進めていいものか。有用性をどの程度加味する必要があるか?
Watson:
好奇心に沿って進んで有用な研究ができれば、ラッキーだろう。たとえばがんの研究者は資金もあるし、生物学者としても関心のある分野でもある。まったく実際的でないテーマをどう研究していくかは問題として残り続けるだろう。
Steitz:
色々な研究分野で、全く実際的でないと思われてきたが何年も経ってから技術革新の核となった研究がある。その2つを区別するのは難しい。基礎研究を進めなければ、10年、20年先に新しい進歩をもたらすことはできない。

 #よく引き合いに出される生態学分類学など、技術革新や医療、産業に繋がりにくい研究についてはここでもあまり明るくない未来を感じた。


以上、長々と書いてみたがどうでもいい感想は

  1. Watsonは研究者、リーダー、マネージャーとして有能そうだ。起業とかしてもうまくいったんじゃないか。
  2. Steitzは根っからの研究者なのだろう。
  3. Steitzの講演が研究内容ベースにせざるを得なかった背景として、一般の理解(=高校生物程度か、それ以下)がncRNAまで至っていないから、という事情があったのではないか。

あと隣に座っていた人が実はその筋では有名人だったのかもしれない。
Watsonみたいにマネジメントがうまい人は年をとってもこき使われる、野依さんや益川君はそっちのタイプだろうけど、白川君はマネジメントが下手だからそんなに忙しくない。小林君も使われない方だろうな*3。なんてことを言っていた。

あ、あとWatsonはスマートなイメージがあったのに、中年太りしてたのは少しショック・・・

*1:Watsonが言ってたまま。裏はとってない

*2:東大医科研にある中村研で聞いた話らしい

*3:益川氏、小林氏については逆だったかもしれない